makicoo thinks

世の中に対して思うことはここに。

「ハイパーリバ邸」に違和感を感じた理由のマキ。

私や相方氏がチェックしていたブログ主の人たちが偶然こぞって入居するハイバーリバ邸。

camp-fire.jp

コンセプトとかはいいと思うんだけど、初期費用の130万円をクラウドファンディングで募集するってところに違和感を感じる。7人の入居者で初期費用130万円てことは1人あたり18.7万円な訳で。何故130万円なのかの詳細はよく分かってないけど、頑張れば払える額だと思ってしまうが故に(普通の引越しの敷金礼金もっとする気が)、どうも若干のせこさを感じてしまうのだ。実際の入居者は事前にお金を払っていて、どうしても1人あたり18.7万円は捻出しきれなかったんだったらまだ分かるんだけど、空気感的に「集められるなら集めてしまえホトトギス」感を感じてしまい、そんなにその130万円が必要なのかな、というのが違和感の正体。まーこういうのが微妙にバズるんだよなーとライターの視点では思うものの、この話題の作り方が、個人的にあんまり好きじゃない。数年前のはあちゅうの「世界一周するから資金調達させてください」も色々物議をかもしだしたけど、あれがそんなに気にならなかったのはよくも悪くも発想が大胆だなーというのがあって、集めたい額も一人でバイトして稼ぐのは大変だしなというのがあったんだと思う。

枡添知事に感じる「せこさ」

この違和感は程度の差こそあれ、私が枡添知事に感じたことと一緒だ。一番彼の人間性のせこさを感じたのが「視察先が美術館が多め」というところで、そんなところですら得したいのかなというところのみみっちさにがっかりした。海外視察がファーストクラスだったりホテルだったりのあからさまなせこさより、趣味の美術鑑賞を視察という体でしてしまおうという人間性に不信感。猪瀬前知事の献金問題と違って違法性はないと思う。ただとにかく「せこい」。そしてこんなせこい人が増えてきているように思うのが、何だかとても残念だ。

Giver/Takerという考え方

去年読んだ本で印象に残っている本のひとつに「Give & Take 『与える人』こそ成功する時代」という本がある。

 

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

 

 

この本では人間は

  • Giver (自分の利益を考慮せずに人を助ける人)
  • Taker  (自分の利益を優先する人)
  • Matcher (与えた分だけ利益を得ることを期待する人)

と3タイプに分けられている。成功者にも失敗者にも「Giverが多い」というのがこの著者が見出したこと。そして「Takerは将来的にあまり伸びないし、一時的に成功したとしてもその隆盛は長く続かない」という結果に納得、というかそんな世の中であって欲しいなというのがこの本を読んだ感想だ。

別にハイパーリバ邸の人たちのやり方があからまさな「Taker」だとは思わないけど、パブリックスペースチックな場所を作るための初期費用の算出基準が不明なのと、具体的にどういう役割を担っていこうとしているのかが不明瞭。「プロブロガーとして生きる生き方」に賛同を得たいのであれば、もっと自分に投資して欲しいとはっきり言って欲しいし、「迷える若者に場を提供する」のが目的であれば具体的にどういうことをしていくのかがもっと書いてあればよい。そうすればこんなにもやもやした気持ちでこの記事を読むことはなかったのになと思う。

ネットで見かけるいろんなTaker

InstagramやBlog、Twitterのフォロワーが多い」というのがお金になる時代。お金を払う方も払う方だけど、フォロワー数が増えたタイミングであからさまに使ってもいなさそうな商品をPRしてみたり宣伝する人が少なくない。そういうのを見かけるたびに、その人にとって「フォロワー=金」なんだなと思う。ハイパーリバ邸の住人の人のとある記事がFacebookでシェアされていて、それに好感をもってとある何人かをフォローしていたんだけど、どうもこの記事ですっかり萎えてしまい、別に何のダメージもないだろうけど、読者でいることをやめてみた。

Giverとしての生き方

一方自分自身を振り返ってみると、時折このブログでもぼやいている「今の相方氏とこのまま一緒にいても未来はあるのか(ないならさっさと別れてしまいたい)」という発想が、そもそもTakerに近い発想なんじゃないかということに気がついた。

 

改めて「自分に損がないように」という発想が損だなと思うのは、まだ確定もしていない未来に対し勝手にリスクを感じてリスク対策に時間を費やすこと。Giverの方が成功しやすいのは「他人から搾取されるまい(自分が損をするまい)」というエネルギーをもっとプラスの方向に使えるからなんじゃないかなと思ったら、何だかMatcher/Taker的な発想のが損な気がしてきた(この時点で損得を考えているのがなんだけどw)

 

Facebookでここ最近思っていることを文章にしてみたら、文章を読んで気が楽になったと何人かの人から言われて、すごく嬉しかった。幸い私は昼間の仕事で収入があるので、「文章を書く」という事については、ちょっとでも世の中の役にたつことを提供できるように、Giverの精神で色々つらつら書いていければよいなと思う。

 

そのためにはもっと賢く、そしてもっと文章が上手になれるとよい。。