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【小説】Don't Look Back In Anger

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それはついこの間のことのようで、だけど随分昔のこと。暑い日。久しぶりに晴れたせいで、ギラギラとした陽の光に戸惑った日。蒸し暑くて、ただ雨が降ってるよりは全然いい、そんな事を思った日。

 

あの日、僕は彼女と映画を観るはずだった。

 

 待ち合わせの時間を過ぎてから遅れるごめんねとLINEしてきた彼女に、僕が送ったメッセージはひどいものだった。そして慎重なはずの彼女は車道を横切ろうとし、走ってきたトラックにはねられ、即死した。

 

 ひととおりのお別れの儀式が終わった後に僕を待ち受けていたのは、彼女がいない日常だ。機械的な毎日を繰り返す「僕」はただの入れ物でしかなかった。朝起きて、顔を洗って、服を着て。僕は「僕」をコントローラーを使って操作するような感覚で、毎日をただの作業として繰り返した。

 

 そんなある日の夜、SNSのタイムラインで流れてきたOASISの「Don't look back in anger」。ライブ動画から流れるのはノエル、ではなく、観客の怒声のような歌声。ふいにある日の記憶が蘇った。

 

彼女と僕の初めての野外フェス。興奮して一睡も出来ず、フラフラして過ごした1日。彼女はKEENのレインブーツを履いていて、ただその日は雨の予感すらなくて。レインブーツよろしくまったく使いどころがなかったポンチョを背負って、彼女はノエルが、惜しみなくOASISの曲ばかりやることをとても喜んでいた。

 アンコール曲は「Don't look back in anger」。SNSで流れてきたYouTubeの動画のようにノエルの声は観客の大合唱にかき消され、彼女も僕もありったけの声をだした。 

 
Her soul slides away, but don't look back in anger I heard you say

-彼女は消えて行く、でも怒りを抱えこんだまま振り返らないで、彼女がそう言うのを聞いた

 

あの日、映画を見に行こうと言わなかったら。

あの日、待ち合わせの場所が駅だったら。

あの日、送ったLINEが違っていたら。

 

ただどんなに自分に怒りをぶつけたところで、結局は何も変わらないのだ。時は巻き戻らないし、彼女は決して、戻らない。

 

-怒りを抱えこんだたまま振り返らないで。

 

僕は「僕」を操作していたコントローラーを置いて、ひとしきり泣いた。彼女のいない日常の重さに押しつぶされそうになりながら、そしてあの夜の彼女の笑顔を思い出しながら。

 

 次の日の朝はあの日のように、暑かった。久しぶりに晴れたせいで、ギラギラとした陽の光に戸惑った日。蒸し暑くて、ただ雨が降ってるよりは全然いい、そんな事を思った日。

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