makicoo thinks

世の中に対して思うことはここに。

地方で育つということのマキ。

今日から金曜日まで四国周遊の旅。PCとインターネットさえあればどこでも仕事ができるリモートワーカーは、休みを取らずともどこにでも行ける。今日は高校時代の友人に会いがてら四国の某都市で一泊。

 

予約したビジネスホテル近くのバス停の前に広がっていたのは昭和の風景で、看板ひとつとっても、日頃何気なく目に入るそれとはずいぶんと違った。白地に黒で、ありふれたフォントでただ店名が記しているだけの看板群。時間が巻き戻ったのかと錯覚しそうになる。少なくとも私が降りたバス停の前には子供時代にいつかみた風景が広がっていて、今は東京のど真ん中、渋谷で暮らす私には、何だかとても違和感のある光景だった。

 

鮮烈に思い出したのは小さい頃から抱えていた「東京」への憧れ。いつか東京に住むんだと頑なに信じて疑わなかった頃のこと。学校の帰り道、友人と別れた後、田んぼに挟まれたアスファルトの道を1人ぼっちで歩きながら、もし東京に生まれていたらと幾度となく考えた。それなりに楽しい日々を送ってはいたのだけれど、「東京じゃない」ということにあせりに似た感情を持っていた。

 

今だからこそ言えるのはあの時間は幸福だったということ。少し頑張れば手の届く、東京に行ってやるという目標があって、そのためになら何だってできるような気がしていた。住んでみれば、東京はそこまでキラキラしていなくて、そして時を重ねて過ごしてみれば、便利さだけが東京の利点なのだとしても。

 

生まれ変っても、私はまた地方に生まれたい。そしていつか東京に行くんだという気持ちで自身を奮い立たせる、そんな時間をまた過ごしてみたいと思うのだ。